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曇った鏡

黒曜苑 更新履歴兼日記
2018
10,18

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2011
03,15

«地震»

取り敢えず、私は元気です。
東京なんでそれなりに大揺れだったんですが、交通機関麻痺しただけで平穏無事。私の周辺では建物倒壊とかもなっしんぐ。
日本の建物は優秀だね。

その瞬間は大学の機器室にいました。
実験に使う酵素を測定器にかけようとした時に、グラッ。
最初立ちくらみかと思いました。
一緒にいた先輩と路廊下に出たら研究室からもわらわらと人が出てきた。
私の研究室は9階にあるんで揺れも大きく(高層ビルは地震に合わせて自ら揺れる)、揺れてる間皆ゲージの中のラットの如く身を寄せあってキャーキャー言ってました。

実際怖かったですよ。
何てったってうちの研究室は合成系なので危険な薬品ばかりなんだもの。
脱水トルエンとか落っこちて割れたら炎上するし。窒素ボンベも破裂したら窒息するし。水素ボンベはなら爆発するだろうし。

揺れが収まってからすぐに被害確認したところ、その手の被害は特に無くて取り敢えず安心。
被害確認が済んだら我が大学の小さなキャンパスの小さな駐車場に一斉避難。
友人を見つけては互いの無事を確認しあい、ふと上を見上げると……

ユッサユッサと揺れる研究室棟(11階建て)。

一同蒼白。潮が引くように後ずさるも背後にはガラス張りのビル。
まさに前門の虎後門の狼状態の学生達に、我が研究室のT先生の檄が飛んだ。

「大丈夫!構造からいってこっち側に倒れてくることは絶対に、ない!」

T姐さん、あんたマジ惚れるよ。
因みにT先生は地震直後、被害確認の指示等をばしばし飛ばしてました。
先生たちが理系で本当に良かった。
……でもガラス張りの建物とかもう大っ嫌いだ。(TT)

揺れが落ち着いてしばらくしてから屋内に入る。大学で備蓄していたクラッカーと缶のお水をもらった。
交通機関は全てストップしているので歩いて帰れる人だけ帰宅。
帰れない人達――帰宅難民は大学の体育館にお泊り。

私が住んでいる寮は歩いて帰れる距離だったので寮生でまとまって帰りました。
帰り道見た感じ、建物崩壊とかもないので一見本当に自信があったのかどうかわからない感じでしたが、寮の部屋に入ると部屋の中が大参事、と言う人も多数。
やっぱり地震は起きてたんだ。
帰りにお弁当を買って皆で寄り添って食べて、そのあとは緊張から解放されたせいかすぐに眠くなって寝てしまいました。
と言っても眠りは浅くて、余震のたびに起きてたけどね。

そんな感じ。
今は平穏無事です。

……放射性物質舞ってるけど。orz
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性別:
女性
誕生日:
1985/08/16
職業:
大学院生
趣味:
絵描き、漫画・ゲーム
自己紹介:
今春から大学院生&ペーパー薬剤師。
水滸伝との出会いの書は陳瞬臣・手塚修監修の漫画『中国の歴史』。初恋の人は林冲ですが何か。
山田章博と田中芳樹とKOKIAが大好きです。
『幻想水滸伝』も大好きだけど水滸ネタが尽きてきたならいい加減名前だけ使うのやめて欲しいぞ。(´・ω・`)
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